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二子玉川ライズから環境を守る。東京都世田谷区の二子玉川(ニコタマ)では街壊しが進行中である。「二子玉川ライズ タワー&レジデンス」や「二子玉川ライズ オフィス」など東急電鉄・東急不動産ら東急グループの営利目的の再開発によって、二子玉川の貴重な自然と近隣住民の住環境が破壊されている。
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世田谷区の「区民利用施設使用料の見直し」「認可保育園保育料の見直し」「区立幼稚園保育料の見直し」「新BOP学童クラブ利用料の導入」「高齢者紙おむつ支給・おむつ代助成事業の見直し」に反対する。二子玉川ライズ二期事業(二子玉川東第二地区市街地再開発事業)など開発関連予算を廃止・削減すれば見直しは不要になる。それが民意にも合致する。

私は世田谷区内の住民運動に参加しており、住民運動の活動で区民利用施設を利用している。二子玉川東第二地区市街地事業計画案の意見書提出者であり、2010年4月20日に口頭意見陳述も行った。二子玉川東第二地区再開発組合設立認可処分取消訴訟の原告・控訴人でもある。二子玉川ライズ問題を扱う『二子玉川ライズ反対運動』(マイブックル、2010年)、『二子玉川ライズ反対運動2』『二子玉川ライズ反対運動3』(2012年)を電子出版した。

2011年実施の世田谷区実施計画・行政経営改革計画へのパブリックコメントにも実施計画素案0701番「街のにぎわいの核づくり」の二子玉川東第二地区市街地再開発事業への補助等による支援に利害関係を有する個人として、再開発補助削除の意見を提出した。区民利用施設利用者として、また、二子玉川ライズ二期事業への補助等による支援に利害関係を有する個人として、意見を提出する。
http://www.hayariki.net/2/9.htm
既に「区民利用施設使用料の見直し」「認可保育園保育料の見直し」「区立幼稚園保育料の見直し」「新BOP学童クラブ利用料の導入」へ反対意見を提出済みである。この意見は集大成となるものである。長文は御容赦下さい。
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世田谷区の「区立幼稚園保育料の見直し」に反対する。保育料の見直しは値上げであり、区民負担を増大させるものである。二子玉川ライズ二期事業への補助金など開発関連予算を廃止削減すれば値上げは不要である。二子玉川ライズ二期事業への補助金支出を止めるだけで利用者負担を増やさなくて済み、余剰金も生まれる。子育て等の分野で利用者負担増をしなくても、区政運営見通しを開くことができる。

区政運営に当たっては、政策的優先順位を定め、そのための予算、人員、実施計画等をあてがっていくという総合的対応が求められる。ところが、最新の区「行政経営改革」計画では、区政最優先課題である「子育て」分野の保育料など「利用者負担等の見直し」に着手する一方、様々な問題を抱える「大型開発」分野は手を付けず「聖域」扱いしていると見受けられる。このような偏った政策優先順位には根本的な問題がある。
http://www.facebook.com/riki.hayashida

世田谷区は大幅な収入減、基金取り崩しと財政面の不安を強調するが、一方では全く公共性のない二子玉川ライズには多額の補助金を支出する。不要不急の道路や再開発への予算を削ることで、庶民イジメの値上げは回避できる。二子玉川ライズや道路建設などの大型開発を聖域扱いせずに真っ先に廃止・削減対象とすべきである。

保坂展人区政によって二子玉川ライズ二期事業への税金投入を、当初見込み額から7億円ほど削減した。この削減額のうち、国・都支出分を除いた区で独自に使える分は3億円ほどとされる。ここでとどまれば、向こう2~3年度にわたり、まだ30億円余の補助金(税金)投入が見込まれる。この支出を削減すれば10数億円の世田谷区独自財源を生み出すことができると予想される。

世田谷区は「区として自由に使える経費の割合が減ること」を問題視する(「財政構造の硬直化が進んでいます」せたがや2012年9月15日号7頁)。義務的経費か否かで判断することは硬直的である。二子玉川ライズのようなバブル経済期に誕生した再開発計画に縛られて補助金を出し続けることこそ財政構造の硬直化をもたらしている。このような硬直的な開発計画の廃止・見直しが行財政改革に値する。財政状況にかかわる「行革」計画であるならば、二子玉川ライズ補助金の30億円余を削減すべきである。

「基本とする考え方」には「区立幼稚園の保育料と区内の私立幼稚園との保育料の差は、年々拡大しています」とある。ここから区立幼稚園保育料の値上げを導き出すことは誤りである。高額な私立幼稚園の保育料を払わざるを得ない家庭があることが問題である。高い負担に合わせることは本末転倒である。

保坂展人区長は「子供は宝」と述べている。子どものいない人々や独身の人々に不公平との考え方は短絡的である。子どもは社会全体で育てるという視点が大切である。その子ども達が成長し働く大人になり税を納入し、社会を支えていく。幼稚園や保育園を充実させ、待機児童をなくし、子育てしやすい世田谷区にすることを求める。

「新しいせたがやをめざす会」が区民の声を集めて作成した政策案でも「保護者の負担を減らし、さまざまな子育て支援に、公的助成を充実させます」と掲げている。先日の区議会でも保育料値上げなどに反対する陳情(請願)がかかり、採択には至らなかったものの、多くの傍聴者がつめかけ、委員会で長時間審議された。また、子ども医療費助成見直しも、区議会論戦などを受けて、「継続検討」となっている。

「基本とする考え方」に「区立幼稚園を利用する方と利用しない方との負担の公平を図る」とあるが、二子玉川ライズへの補助金こそが不公平である。二子玉川ライズを利用する人もいれば利用しない人もいる。二子玉川ライズで利益を上げる企業(東急電鉄・東急不動産)がいれば、消費者を奪われる周辺地域の商店街もある。二子玉川ライズへの補助金支出は不公正である。

「基本とする考え方」には「区立幼稚園のあり方についても、検討を進めていきます」とある。区が幼稚園を運営することは自治体の重要な責任である。「新しいせたがやをめざす会」が区民の声を集めて作成した政策案でも「区立幼稚園の役割を尊重し、存続させます」と掲げている。

二子玉川東地区再開発には既に425億円以上の巨額な税金が投入されている(林田力『二子玉川ライズ反対運動3』「二子玉川再開発への税金投入額が400億円超と判明」)。これ以上の税金投入を東急電鉄・東急不動産中心の二子玉川東第二地区市街地再開発組合が要求するとあれば、あまりにも厚かましいと言わざるを得ない。

巨額の開発利益を得ている東急電鉄・東急不動産には莫大な利益の社会還元こそが求められている。二子玉川再開発に伴う「容積率緩和による東急の受益額は、520億円に達する」と分析されている(岩見良太郎『場のまちづくりの理論 現代都市計画批判』日本経済評論社、2012年、145頁)。

多数の住民が二子玉川ライズに不安と怒りを抱いている。二子玉川ライズ一期事業では日照被害、電波障害、ビル風の風害、圧迫感増大、水害発生の危険性増大、災害時の帰宅難民の増加、交通量増加による渋滞、道路通行の危険増大、排ガスの大気汚染、地域社会の分断、ファーストフード店の悪臭など様々な住民被害が生じている。これらが超高層ビル建設中心の二子玉川ライズ二期事業で増幅されることは必至である。

しかも、ホテル、オフィス、商業ビルだけの二期事業は東急グループ中心の営利事業に他ならない。フィットネスクラブが東急スポーツシステム株式会社、ホテルが株式会社東急ホテルズ、シネコンが株式会社東急レクリエーションと主要テナントが東急グループで占められている(林田力『二子玉川ライズ反対運動3』「東急ホテルズ入居の二子玉川ライズ2期事業の閉塞」)。東急グループの営利独占性が露骨である。二子玉川ライズには公共性がなく、区として税金投入する大義も法制度上の義務もない。
http://www.hayariki.net/2/9.htm
二子玉川ライズは、ふくよかな自然を破壊する。二子玉川ライズは「土地の高度利用の追究で、緑地・オープンスペースはきわめて貧困なものとなり、また、局地的にそれをおこなったため、周辺地域に機能障害・環境破壊をもたらすものとなっている」(岩見良太郎『場のまちづくりの理論 現代都市計画批判』日本経済評論社、2012年、144頁)。

保坂区長は2012年7月12日に二子住民と会見した際、二子玉川ライズに対して「公共性、公益性がどこまで宿っているか、と補助金を精査して、一定程度の削減を昨年やった」「安全のこと、公共性、公益性の検証を去年もやったが、もう一度みて、しっかりやっていこう」と発言した。

いかなる点から検討しても、これ以上の税金を二子玉川ライズに投入はすべきではない。これ以上の税金投入を打ち切ることこそ、世田谷区の財政構造を改善するだけでなく、「大型開発優先区政からの転換」「子ども・若者は未来の宝」「困った時にひとりにしません」との保坂区政の公約を大きく前進させることができる。(林田力)
二子玉川ライズ行政訴訟の東京地裁判決(川神裕裁判長)が2012年7月10日13時15分から東京地裁703号法廷で言い渡され、請求が却下された。住民側は不当判決と抗議し、東京高等裁判所に控訴した。

二子玉川ライズ行政訴訟(平成22年(行ウ)第754号)は東京都世田谷区を中心とする住民らが二子玉川東第二地区市街地再開発組合設立認可の取り消しを求めて東京都を提訴した行政訴訟である。二子玉川東第二地区市街地再開発事業(二子玉川ライズ2期事業)は137メートル超の超高層ビルを建設する計画である。

住民側は二子玉川ライズ2期事業が東急電鉄・東急不動産の営利目的の乱開発であり、住環境を破壊し、公益性に欠けるなどと主張した。既に二子玉川ライズ1期事業でビル風や圧迫感などの被害を受けており、住民側の怒りは大きい。

東京地裁判決は内容以前の問題として、言い渡しまでに奇妙な変遷を辿った。裁判所は原告適格の中間判決の言い渡し日を4月24日とした。ところが、直前になって5月31日に延期され、さらに6月28日に再延期され、7月10日に再々延期された。再々延期された判決は中間判決ではなく、本案判決になっていた。だまし討ちのような本案判決の言い渡しに住民側は以下のように批判する。

「原告適格の判断と称しながら、実質的には本案の違法性についての判断にまで踏みこみ、原告等の主張立証の機会を奪って、審理を尽くさないまま、『本件各訴えをいずれも却下する。』という不当な最終判決を言い渡した。」(二子玉川東地区再開発事業差止、認可取消訴訟原告団、弁護団「二子玉川東地区再開発事業差止訴訟上告審及び、同第二地区再開発事業組合設立認可処分取消事件1審判決について」)

原告適格について重要な先例として小田急訴訟最高裁判決(最高裁平成17年12月7日大法廷判決・平成16年(行ヒ)第114号)がある。これは小田急線の連続立体交差都市計画事業認可処分の取消訴訟の判決である。開発や公共事業で生じる周辺住民の健康・生活被害を「反射的」なものに過ぎないとして原告適格を否定し、裁判で争うことすら認めない傾向があった。

これに対して小田急判決では「騒音,振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して,そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべき」として、東京都環境影響評価(アセスメント)条例の定める関係地域内に居住する者に原告適格を認めた。これによって小田急判決は行政訴訟の原告適格を広げた画期的な判決と評されている。

原告適格についての原告側の主張は二段論法を採っている。まず小田急訴訟最高裁判決(最高裁平成17年12月7日大法廷判決・平成16年(行ヒ)第114号)に基づいて環境影響評価の際に定められた関係地域内に居住する者に原告適格を認めるべきと主張した。

関係地以外の住民についても二子玉川ライズ2期事業の権利侵害の特殊性から原告適格を認めるべきと主張した。小田急判決で問題となった鉄道の高架化は渋滞解消という一応の公共性がある一方で、被害は騒音・振動という単純なものであった。そのため、事業地からの距離で原告適格を区切ることは分かりやすい。

これに対して二子玉川ライズは東急電鉄・東急不動産の営利事業で公共性はない。被害は生活・健康が脅かされる複合被害であり、単純な距離で区切れるものではない。また、二子玉川ライズは街の在り様を変えてしまうものであり、住民以外の訪問者にも原告適格を認めるべきであるとする。

東京都側は原告適格を否定する。そこでは二子玉川ライズによる大気汚染や景観破壊、風害などの被害を否定するのではなく、住民側の主張する被害には二子玉川ライズ1期事業による被害が含まれているとして否定する。

東京地裁判決は小田急訴訟最高裁判決に依拠して原告適格を判断したと述べている。小田急判決は行政訴訟の間口を広げた判決である。その小田急判決に依拠しながら、原告適格否定の結論になることは奇妙である。小田急判決を機械的に適用するならば東京都環境影響評価条例の定める関係地域内に居住する者に原告適格が認められなければならない。

二子玉川2期事業の関係地域は世田谷区玉川、上野毛、鎌田、野毛、瀬田、中町、用賀、等々力、大蔵など広範囲で、地域内に居住する原告も多数存在する(判決書9頁)。関係地域の定めを無視して原告適格を否定した結論には再開発は無害で善とのドグマがあった。

判決は「都市再開発による市街地再開発事業は、道路や都市高速鉄道のような都市施設の整備に関する事業とは異なり、その事業が施行されることにより整備される建築物又は建築敷地それ自体から相当範囲にわたる大気の汚染等が生ずることは通常考え難い」と主張する(判決書73頁)。

そのために小田急判決のように画一的に地域で原告適格を判断するのではなく、「健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあることを要する」として具体的な被害の有無を判断した。その上で大気汚染や風害などの各被害について「著しい被害を直接的に受けるおそれがある事実を直ちに認めることはできない」との論理で原告適格を否定した。

判決について三つの観点から論評する。

第一に再開発では広範囲の環境被害が生ずることは通常考え難いとの判決の前提の誤りである。これは日照・眺望・景観破壊だけでなく、コミュニティーの分断や災害の危険性などの複合的な被害を起こしている二子玉川ライズの実態を無視している。開発優先で進められた土建国家の価値観を引きずっている。

現実には再開発は街の姿を変えてしまう。「都内とは思えぬのどかな佇まいを見せていた」二子玉川は「再開発事業ですっかり姿を変えた」と紹介される(「二子玉川が再開発で“郊外”から卒業」ケンプラッツ2011年11月10日)。これは生活者に著しい影響を及ぼす問題である。

第二に小田急判決と異なり、具体的な被害の有無から原告適格を判断したことの問題である。これは消極・積極の両面から評価できる。

まず消極的評価である。判決が小田急判決と異なる判断をした理由は、再開発では鉄道や道路建設と異なり、広範囲の環境被害が生ずることは考え難いとの前提があるためである。これが誤りであることは既に述べたとおりである。故に誤った前提から導き出された結論も正しくない。

形式的には小田急判決に依拠しながらも、再開発を例外扱いとすることで、原告適格の間口を広げた小田急判決とは間逆の結論を出した。小田急判決の抜け穴が作られてしまった。住民側としては悪しき先例を残さないためにも最高裁まで闘うことが宿命付けられる。

次に積極的評価である。被害の有無を具体的に判断して原告適格を判断するという考え方自体は積極的に評価できる側面がある。小田急判決は原告適格の間口を広げた画期的判決である。その歴史的意義は大きい。しかし、小田急判決で切り捨てられた原告も存在する。東京都環境影響評価条例の定める関係地域内に居住するか否かで原告適格が定まり、地域外の住民の原告適格は否定された。

ここでは東京都環境影響評価条例での関係地域の定め方が適切かという問題が残る。これは裁判所が自ら原告適格を判断するのではなく、外部指標に委ねたために起こる問題である。この外部指標に委ねて自分では考えない傾向は日本の裁判所の根本的な病弊である。

行政訴訟や国家賠償訴訟では行政裁量や立法裁量を尊重することで、裁判所が自ら判断することを放棄している。一般の民事訴訟でも契約書や遺言書があれば、そこで思考停止してしまい、契約書や遺言書が適正に成立したものか判断を避けがちである。

このような傾向を踏まえるならば、具体的な被害の有無から原告適格を判断する考え方そのものは、裁判所が自分で考えるという点で積極的に評価できる。小田急判決よりも原告適格の間口を広げる可能性を持った論理である。

勿論、現在の日本の裁判所の傾向を踏まえるならば、裁判所が自分で判断することは原告適格を否定する方向に利用される可能性が高い。実際、それによって二子玉川ライズ行政訴訟判決は原告適格を否定した。しかし、裁判所に人権の砦としての使命を果たさせるためには、裁判所に自分で判断させることは避けては通れない道である。

第三に被害の具体的な判断である。たとえば風害では「高層建築物が建築された結果、強い風が吹き、歩行に支障を来すなどの指摘がされ、世田谷区から第二地区組合に対して風対策の指導がなされていること」を認めた(判決書89頁)。しかし、結論では「ビル風により健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるという事実は、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない」と否定した(90頁)。

ここでは著しい被害とは何かが問題になる。どれほど被害が生じていても、「著しい被害ではない」とのロジックで否定できてしまう。法律解釈と比べて事実認定は客観性が確保されていると考えられがちであったが、最近では裁判所の事実認定の恣意性が問題として注目されている。

たとえば北本中学校いじめ自殺裁判の東京地裁判決(平成19年(ワ)第2491号損害賠償請求事件)では、同級生から「きもい」と悪口を言われ、下駄箱から靴を落とされ、「便器に顔をつけろ」と言われるなどの事実がありながら、「自殺の原因になるようないじめがあったとは認められない」と判断した。

二子玉川ライズ問題では再開発や建築紛争関係の裁判の情報収集が中心になることは当然であるが、他の訴訟(二子玉川ライズ差し止め訴訟、二子玉川ライズ住民訴訟)でも被害は提示できているにもかかわらず、判決では泣かされ続けてきた。事実認定の恣意性というテーマで横断的に様々な裁判を分析することも発想の転換になるだろう。
http://www.hayariki.net/7/1.htm
二子玉川東地区再開発地域はダウンゾーニングし、二子玉川ライズは減築すべきである。東京都世田谷区の二子玉川東地区再開発(街の名称:二子玉川ライズ)に対しては住環境を破壊し、税金の無駄遣いであるなどとして広範な住民反対運動が起きている。ビル風による転倒者が出るなど現実の被害も発生している。

二子玉川ライズが竣工しても二子玉川ライズ反対運動は終わらない。実質和解という異例の決着となった二子玉川ライズ住民訴訟では裁判長が住民と世田谷区の双方に健全な街の発展のための努力を求めた(林田力『二子玉川ライズ反対運動2』86頁)。マンション竣工という既成事実によって終わらせようという不動産業者の醜い発想は通用しない。

単なるマンション業者と異なり、東急電鉄・東急不動産の恐ろしいことは住民の入れ替えを狙っているところである。玉野和志・首都大学東京教授は二子玉川ライズ検証シンポジウムで二子玉川ライズによって玉川がスーツを着ている人など大人と呼ばれる人の街になったと分析する。ここには気楽な格好をした若者が来るよりは、スーツを着た人に来てほしいという東急の意図があるとする。

東急は渋谷再開発でも大人の街を目指すとしており、女子高生らによって牽引された渋谷の個性を潰している。また、東急大井町線などの高架下住民を追い出し、高架下のレトロなコミュニティーを破壊している。もし東急の思惑通りに住民が入れ替えられてしまったならば反対運動は死滅する。しかし、玉野氏は市街地の中の農地や工業地帯の中の漁村の例を出して旧住民が残ること、一度出た住民が戻ってくると力説した。それが「人が土地に住み着くということである」と。二子玉川反対住民も存続しつづけるだろう。

二子玉川ライズ反対運動の方向性はダウンゾーニングと減築である。ダウンゾーニング(downzoning)は容積率を引き下げる手法である。規制緩和の先進国と言われることが多い米国で生まれた手法である。容積率を減少させることで、過剰な開発による人口増からの環境悪化を抑制し、市街の質を確保する。市場原理主義者は都合の良い米国像を持ち出すが、建築規制の点で米国から学ぶことは多い。

もともと二子玉川東地区再開発地域は超高層ビルを建設できない建築規制の厳しい地域であった。それが世田谷区と東急の密約を契機として容積率が緩和されてしまった。それを本来の規制値に戻すことは住民運動の使命である。超高層ビルが竣工しようと、あるべき容積率を検討し直す作業は必要である。

竣工した超高層ビルは減築を目指すべきである。西ヨーロッパでは減築が普及している。「再開発にともないがちな高層住宅は高齢者や子どもを孤立させることが明らかになるにつれ、高層住宅の建設を中止する国がふえた。既存の高層住宅はこわして三~六階建て(むろんエレベーターはある)に建て替える。イギリス、フランスなどの都市を訪れると、どこでも高層住宅を次々と爆破して中低層住宅に変えているのに目を見張る。」(早川和男『居住福祉』114頁以下)。
http://hayariki.net/2/27.htm

二子玉川ライズ検証シンポジウムでも岩見良太郎・埼玉大学教授が減築について言及している。ビルが建てられたら反対運動は終わりではなく、二子玉川ライズは減築の先進事例を目指すべきである。
二子玉川ライズを見直す理由の一つは、二子玉川ライズが少子高齢化社会に不適合であることである。超高層ビル主体の二子玉川ライズは高齢化社会に優しくない。もともと世田谷区玉川には多くの高齢者が居住しており、超高層ビルへの拒否感は強い。

高齢社会白書2012年版によると、65歳以上の高齢者の総人口に占める割合は2011年10月1日現在で、23.3%である。国立社会保障・人口問題研究所の中位推計値では2025年には65歳以上(老年)の人口構成比が3割を超える。これからの都市を考える際の大前提となるデータである。
http://www.hayariki.net/2/16.htm

少子高齢化は住宅の余剰を生み出している。住宅の余剰である。空き家数、空き家率とも年々上昇し続けている。世田谷区でも空き家の増加は大きな課題であり、保坂展人区長が2012年6月3日の新しいせたがやをめざす会「世田谷区政の現状と課題を考える懇談会」で言及したほどである。

このような状況で新築分譲マンション「二子玉川ライズ タワー&レジデンス」で新築住戸を大量供給することは矛盾である。それに世田谷区や東京都、国が税金で補助することは愚の骨頂である。
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